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■2009年11月04日(水)00:33
餃子と大川翔子(劇団競泳水着)
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本日3回目。といっても日付が変わったので、本当は本日1回目。まとめてやるなら小出しにやれよよ思われるかもしれないが、その通りです、すんまそん。今回は映画と芝居。
見たもの。映画『グアンタナモ』(監督、忘れた)。「悪の国家」アメリカがキューバに持つテロリスト「養成所」に無実の罪で実際にぶち込まれてしまったイギリス国籍のパキスタン青年三人組のドキュメンタリー風映画。これ、ほんと、ひどい。あれでアメリカに敵意を抱かない人間がいたら、寛容すぎて神になれる。いろんな拷問があるものだ、と関心してしまうほどだ。腕に足をひっかけるように手錠をかけ「うんこ座り」のまま動きを取れないようにした上で、暗いコンテナに閉じ込め大音量でヘビメタをかけるなんていうのもある。これは、ほんと、ひどい。以前、『ワシントンポスト』か何かで読んだが、情報収集の手段として拷問は思っている以上に効率的ではないらしい。それはイラクの大量破壊兵器「捏造」が一つの証左でもあるのだが、結局、長い間拷問をされた人は相手の望む答えをする心理的傾向がある。考えてみれば当たり前のことだが。イラクのアブグレイブ収容所での捕虜虐待は、現地の軍とは別系統の民間企業が入って依頼主がせっせせっせと情報収集=拷問をするようにいったからだ。またワシントンはワシントンで、拷問の定義を変えるという技を敢行。これは、ほんと、ひどい。
映画『ナイン・ソウルズ』。『青い春』の監督の人ね。刑務所で耳にした隠し金を求めて脱走した9人の囚人が、金がスカであると分かったあとに思い思いの場所に散っていく。千原ジュニアが地元赤羽で仲間を2人殺した元不良という役で、赤羽の商店街(種屋の通り)を自転車で走り抜けたり、荒川の土手で野球をしたりというシーンがあって良い。松田龍平の父殺しのひきこもりが原田芳雄の息子殺しと葛藤しながらも世界へ向けて開いていこうとするところも良い。あと、マメさんが好き。
犬童一心『死に花』。犬童の他の映画のようにこれも原作つき。超がつくほどの高級老人ホームに住んでいる4人のじいさんが、仲間の死をきっかけに彼が残した銀行強盗計画を実行に移そうとする。老人の生と死、そして性まで描こうとしていたのはとてもすごいのだが、結局、彼ら4人は「金持ち」なのであった。計画の途中で仲間に引き込んだホームレスのように、何も持っていない老人をもっと取り上げてもらいたかった。いつまでも元気でいることがいつまでも子供であることとつながり、老人が子供に「戻る(痴呆)」ことをある意味で肯定的に捉えようとしているは良い。
見た芝居。Attention Please『Jun Ai Code』@王子小劇場。記憶喪失になった男と、彼と別れたがっている妻。この二人の関係を縦軸に、そして横軸にはゴーギャンの絵画をすえ、現代物質文明において幸せとは何かを描こうとする野心作。物質文明批判、人間の生と死を一枚のフレームに納めたゴーギャンの絵画(ああ、タイトル忘れたよお)を実際に舞台奥に配置し、半ば予想できたことだが、物語の最後はこの絵画と見事に対応する。人が死に、人が生まれる。とはいえ、並み。
時間堂『small world’s end』。王子小劇場から歩いて1分のところにある王子スタジオ1のこけら落し公演。ビルの1階、ガラス張りなので外から丸見え。休憩を挟んで短・中篇の芝居5本、合計4時間。時間堂の芝居はいつもそうなのだが、劇の最中に飲んだり食べたりできる。疲れてきたらビールを飲みおかしをむしゃむしゃとやっていたら、4時間は意外とあっさりと過ぎていった。難破してたどり着いた島で主人と奴隷の立場が逆になってしまうことの「恐ろしさ」と「希望」をコミカルに描いたピエール・ド・マリヴォー「奴隷の島」。舞台と客席があまりの近いので大川翔子(劇団競泳水着)にほれそうになったのは内緒だ。チェーホフの「熊」では、熊のような金貸しにためらいなく決闘を挑む境宏子にほれそうになったのも内緒だ。他に上演されたのはアゴタ・クリストフ「星々を恐れよ」など。この後からしばらくむやみやたらにチェーホフが読みたくなるので、本屋で戯曲を買ってきた。小劇場の向かい側にある餃子屋で飯を食べていたら、片付けを終えた大川翔子ら数人の役者がやってきた。うひょー。役者って人間だったんだ、と実感。話かけようかと一瞬思ったが、恥ずかしかったのでやめた。だいたい、なんて声をかけてよいのかわからない。
チャリT企画『プレイバック Part3』@王子小劇場。おそらく毎回なんらかの政治的テーマを取り込んで作劇していると思うのだが、今回は歴史記憶と修正主義。ある文豪の遺言をめぐる家族のいざこざと、南京大虐殺が混ぜ合わされる。面白かったのは、今より時が未来に設定されていて、天皇が死に平成が終わり、安徳と呼ばれる年号に変わっているところ。学生運動といえば60年代なら左翼学生だったが、安徳の時代では右翼学生が「自虐史観」やら「弱腰外交」に反発しているという設定。「大和ルネッサンス」なんていう言葉もあって楽しい。物語はそれなりの終幕を迎え、かつ見ているものには不安を残す不協和音を演出によって奏でているのだが、もう一ひねり欲しい。もっともっと後味の悪さが欲しい。もっと悪趣味にしてはどうだろうか?
追加で読んだもの。岩永文夫『フーゾク進化論』(平凡社新書)。これを読めば、なぜソープランドの前身がトルコ風呂なのか、大阪には裏風俗のちょんの間があるがどうして営業が可能なのか、赤線と青線の違いとは何か、赤線から売春禁止法の間にできた売春宿が「カフェー調」建築(鳩の街などにあるやつね)なのはなぜか、などなどなど旧遊郭・赤線マニアが気になっていることを歴史的に説明してくれるたいへんありがたい本。 | | |